私が美容整形をする理由は「美しくなければ生きていけない」から

こんにちは、筋トレ・美容整形好きWebライター・ブロガーのseina(@st_0905)です。

最近整形垢の方からフォローしていただく機会が増え、お仲間ができたような不思議な安心感があります。

ツイートやブログをちょっとでも見ていただけているなら、嬉しい限りです。

中には動物園にいる「珍獣」をみにくる感覚の方もいらっしゃるでしょうけど。それはそれでOK!

しかしながら、現実世界ではわたしのように美容整形をしている人はいません。

人と違うことをしているわけですから、ときどき「孤独だな…」と思うこともあります。

だから「なんでこんなに美容整形をしているんだろう」と、我にかえることもあったり。

もちろん美容整形をする理由は、目や鼻のパーツや顔の欠点を直したいという率直な理由もあります。

でもよく考えてみると、美容整形をする大きな理由は「美しくなければ生きていけない」そのものでした。

ブサイクの十字架を背負って生きるのって、ただただツライ。

「ブサイク」という現実を直視するのは辛い

ブサイクは生きづらいものです。

生まれつき美人な人にはわからないかもしれませんが「わたしはブサイクだ」という現実が、まさに自分の顔にくっついているわけです。

すると、どうなると思いますか?

生活のありとあらゆるシチュエーションの中で、ブサイクな現実を強制的に何度も感じなければなりません。

こんなにも絶望的なことはないでしょう。

例えば、顔を洗い、自分の顔を鏡でみたとき。

アルバイトや学校から帰ってきて、暇な時間に何気なく鏡をみたとき。

旅行にいったときに撮られた写真を見返したとき。

集合写真で、変な顔をしていたとき。

時間をかけてメイクをしても、ブサイクなままだったとき。

街中にある窓に、自分の姿がうつったとき。

その度に「わたしはなんでこんな姿なのだろうか」と、自分自身に絶望するわけです。

もういい加減、絶望するのはやめたいのに。

美しくない私は自分を大切にする価値もない

ブサイクなころ、脳内ではいつも何を考えていたのか。

自分を責める言葉」ばかりでした。

具体的には、

・わたしはブサイク
・顔が気持ち悪い、魚みたい
・自分には価値がない
・美しくない私は生きる資格もない

「美しくないわたし=とても醜い」

「とても醜い=大切にする、またはされる価値もない」

そんな方程式ができあがっていました。

そうやって自分を責める毎日だったせいか、びっくりするほど過食が止まらない!!! ブサイクが加速する!!!

時間をかけて料理をするとか、掃除をして過ごしやすい環境を作るとか、ゆっくりお風呂に入り自分を癒すとか。

そんなことは一切しません。

自分のことを「大切にする」・「労わる」という言葉は、わたしの辞書にはなかったからです。

ただ買ってきたものを、むさぼり食う。

テレビやスマホをダラダラみて、時間だけがすぎるのを待つ。

友人と会ったり、遊びに出かけることもあったけど、なんだか疲れる。一人の方がマシ。

やりたいことや目標も湧くこともなく、生活にハリがない。

この状態に名前をつけるなら、まさに「生きる屍(しかばね)」。

当時を思い返すと、心のどこかで、

「わたしはどうせブサイクだから」

「ブサイクだから何をやっても仕方がない」

などと理由をつけて、怠慢な生活を送っていたのかもしれません。

でも「ブサイクで醜いわたし」が前向きに生きようとする気力すら、奪っていくような感じがしていました。

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だから美容整形は私にとって必然だった

ブサイクだったわたしの顔がバージョンゼロだったとしたら、今のわたしの顔はバージョン6.0くらいでしょうか。

けっして自分のことを「美しい」とは思いませんが、美容整形をしたことで、背筋を伸ばして外を歩けるくらいにはなりました。

それに、外見を磨く原動力にもなりました。

もし仮に美容整形をしていなかったら…? と考えてみると、

心の中で自分を卑下しつづけ、周りと比較して劣等感をいだき「私はどうせブサイクだから」とあきらめ、ポテチをむさぼり食い、身なりに気を使わない寂しい女になっていたことでしょう。

もはや「」ではありません。

そもそも、こうしてブログを書くことすらしなかったでしょうし、結婚できなかったかもしれません。

それに美容整形をしたことで、いくらか容姿を受け入れられるようになってきたと思います。改善の余地はありますけどね。

この「受け入れられる」という言葉。

美容整形をしなければ、わたしの口から出ることはなかったでしょう。

こうして考えをめぐらせてみると、改めて美容整形は「必要だった」というよりも、もはや「必然だった」と感じます。

残念ながらもとのわたしは「ブサイク」ですが、そういうのは一切無視しようと思うんです。

遺伝子やら、DNAやら、神が与えたものだとか、親からもらった〜とか。そんなものクソ喰らえ!です。

わたしは、わたしの人生を。

反骨精神を持って、より美しくを目指して生きていきます。

みんな、強くあろうね。

美容整形

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この記事を書いた人

Seina

Seina

筋トレと美容整形好きWebライター·ブロガー/美容整形で生まれ変わった人/運営ブログ【美しくなければ生きていけない/月間5万PV以上】では美容整形、筋トレネタを中心に執筆中。プロフィールの詳細は「こちら」からご覧ください。※顔面骨格の美容整形を今年の2月にうけました

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