美容整形をすれば女性は幸せになれるのか?

こんばんは、seina(@st_0905)です。

以前ツイートをしましたが、わたしはもともとブサイクな顔で生まれてきました。美しくなりたくて、美容整形をしました。

わたしの中で「顔の美しさ」はどうしても手に入れたいもので、絶対的なもの。今もどこかで「美容整形をして美しくなりさえすれば幸せになれる」と、思っている部分があります。

しかしここ最近、それって正しいのか? と、考えるようになりました。

そこで今回は、自分の美容整形の経験とともに「美容整形をすれば女性は幸せになれるのか?」について考察していきます。

外見至上主義と止まらない美容整形欲

「女は美しくなければ生きている意味がない」。そう思いながら、美容整形をくりかえしてきました。

昔と比べるとまあまあな顔になったので、ようやく普通の人になれたように思います。でも、まだ自分の顔が気になります。

顔の欠点は誤字脱字と一緒で、何かの間違い。ちょっとしたミスと同じ。誤字脱字をそのままにしていたら、気持ち悪いですよね? それと一緒なんです。

だから「手術しないといけない」と、切羽詰まった気持ちになります。

そのほかには、今までの経験の中で「手術をすれば美しくなれる」ことを頭で理解しているから、その快感を求めて美容整形をしたくなるという理由もあります。

しかし、ブサイクの宿命はツライものです。むかしから「顔のここがダメだ」と、何十回、何百回、何千回と思ってきました。

顔を変えれば落ちつくだろうと期待していましたが、顔の欠点ばかり気になるのは変わりません。

おでこは平らで、鼻は低くて短い。アゴは大きいのに、立体感がない。面長で顔は大きい、歯並びは決してキレイとは言えない。

目の形に左右差がある、二重幅が狭い、など。

まるでゴールのない迷路に入りこんだように感じるときもあります。中には「キレイだよ」と言ってくれる人もいますが、自分では到底納得できません。

むしろ美容整形する前より、自分の顔を嫌悪している部分もあります。これは美容整形をしたことによる、一種の後遺症なのかもしれません。

美容整形をくり返した先に終わりはない

顔の欠点を受けいれず、美容整形をくりかえした先は、一体どのようになってしまうのか。

自分の将来を想像してみました。

数ミリ単位でこだわり、パーツの左右差すら許せない。「美人顔の黄金比率」どおりの顔にならないと気がすまない。

きっと、納得いくまでありとあらゆる手術をするでしょう。そもそも、美容整形をすると「まったくの別人になれるのではないか」という、大きな期待を持ちます。

実際にわたしも手術が終わったあとは、そう思っていました。しかし、美容整形をいくらやったところで、別人になれるわけがありません

その理由はたった1つ。「美容整形は魔法ではないから」です。

目や鼻を変えただけでは、「わたし」という面影は残ってしまいます。莫大な費用をかけて、骨を削り、歯を抜いて口元を引っ込め、頭皮をめくり額にインプラントを埋め込む。

というような、大規模な手術をすれば、別人レベルの顔になれるかもしれません。でも、あまりにも非現実的。

たとえばその手術費用がトータルで800万円としたら、一体どこで費用を捻出するのか。20代の女が高額な金額を手にすることができる仕事といえば、キャバクラ嬢や風俗嬢が思いうかびます。

はたまた、今流行りの「パパ活」をして、お金持ちの愛人になる方法もあるでしょう。何もない20代の女が高額な金額を手にするには、このくらいのことをしなければなりません。

実際に「美しい顔のためなら落ちるところまで落ちよう」とも考えました。しかし、顔が変わっても満足できず、ふたたび美容整形する自分の姿が容易に想像できます。

身をけずってまで整形費用を捻出した結果、残るものは一体なんなのか。顔の欠点ばかり見つめている自分の姿が、果たして「幸せ」と言えるのか。

その姿は他人からみて「魅力的な女性」にうつるだろうか。自分が歳をとったとき、どうなるだろうか。

いま一度、「美しい顔になりたい」とばかり考えて行動したあとのことを、考えなければなりません。

幸せになるには間違った価値観に気がつくこと

美容整形をくりかえす女性の根底には、強迫観念ともいえる極端な価値観があると推測します。

完璧な顔でなければ美しくない」、「ブサイクな自分は幸せになれない」など。私も同じような価値観があり、不完全な自分を「汚いもの」として見ている部分もあります。

では、この極端な価値観が正しいとしたら、器量がよいとは言えない女性は幸せになれないのでしょうか?

それは違いますよね。結婚をして、ステキな旦那さんを持ち、子供に恵まれ、幸せに暮らしている人だっているはずです。

わたしたちが知らないだけで、「美しい顔」以外の幸せを手にしている人はいくらでもいるでしょう。というような広い価値観で考えたら、この「極端な価値観」は、もしかしたら狭い世界なのかもしれない。

間違いなのかもしれない。と、気がつきました。

「美容整形をして幸せになれるのか・なれないのか」の問題については、「自分の中の価値観」がキーポイントになるのではないでしょうか。かりに「極端な価値観」を持ったまま、人生をすごしていくとしましょう。

いくら美容整形をしたところで自分の顔に満足できないわけですから、自分の容姿を否定しつづける姿は目にみえています。さらに、不完全な顔の自分は「ブサイク」だと思うようになります。

そして最終的に、「完璧な顔ではない=ブサイクは価値がない」と、自分自身をジャッジをするわけです。

いつまでたってもココロの平穏はなく、幸せが訪れることはない。と、想像できないでしょうか。

だから「完璧な顔でなければ美しくない」。もしくは「ブサイクは幸せになれない」という価値観があるなら、一度立ち止まり「間違いではないのか?」と、考えてみてください。

自分が正しいと思っている価値観は、実はものすごく狭い価値観かもしれません。

人の魅力は顔だけではない 欠点が人の魅力になり得ることもある

ここ最近人とのつながりが増え、ステキな女性たちと接する機会がありました。笑顔でポジティブ。人間性があって、行動力がある。

わたしの知らない世界を生きていて、話のネタが豊富。ステキなパートナーがいたり、優しさがあったり。

そんな方と接するうちに、顔ばかりに執着し囚われている自分の姿が、とても恥ずかしいことだと感じるようになりました。

「わたしは顔ばかり気にして何もないな」と。彼女たちを客観的にみると、芸能人並み・ハリウッド女優並みに整った顔といえるわけではありません。

でもわたしは、とても魅力的な女性にみえます。だから、人間の魅力はけっして「顔」だけではないんです。

しかも、そのような魅力的に見える女性は、自分の顔に悩んでいる様子がありません。むしろ自分の欠点を受け止め、「それでもいいんだ」と肯定している部分があります。

自分の顔の欠点ばかりに注目するのか、それともよい部分に注目するのか。

そのメンタリティーの違いが、「魅力的にみえる・みえない」の印象に大きく影響を与えているのではないでしょうか。メンタリティーの違いといえば、最近激太りしたことで話題になっているマライア・キャリー。

ニュース記事によると、彼女は「太っていることを気にしていない」とのこと。太った身体を曲線美のあるボディーとして、自信を持っているというのです。

推定100kgをこえていると予想できる体重は、外見の問題というよりも健康面で心配になるところですが、自分の欠点を肯定的にとらえているメンタリティーが、少なからず彼女を魅力的にみせています。

「太っているわたしも美しいわ」と自信がある姿は、かっこいいですよね。というように、欠点にみえる太った身体も「曲線美」として受け取れることができるわけです。

「顔」の欠点に対しても、同じことが言えます。

例えば…

目が細い=アジアンビューティー
鼻が低い=童顔
面長=大人っぽい
頬骨が張っている=エキゾチック など。

自分からみれば、顔の欠点は欠点にしか見えないかもしれません。でも、視点を変えれば、唯一無二の魅力になることもあるんです。

美容整形をした女性にとって柔軟性のある価値観を持つことが、「幸せになる第一歩」といえるでしょう。

まとめ

よりよく生きるために、美容整形を選択するのはアリだと思います。わたし自身、美容整形をしたおかげで明るく前向きになれて、人生も大きく変わりました。

しかし、「美容整形をすれば女性は幸せになれのか?」という問いについては、そうとは限らないことを覚えていてほしいのです。

美容整形をしたあと、顔の欠点ばかり気になるようになるかもしれない。それに従うように手術をかさねたら、抜け出せない迷路にはまってしまうかもしれない。

自分の顔の美しさだけを求めている人は「それがわたしの人生だからそれでいい」と、今は思うかもしれません。でも、10年、20年後の自分の未来を想像してみましょう。

時間がたてば、人はかならず老います。それと同時に、美しさも衰えます。そこで人間の魅力が「顔」だけだとするなら、あまりにも苦しいことでしょう。

顔の美しさばかりを求め、手術をくり返したその先に、一体何が残るのだろうか。

もしかしたら自分の価値観は間違っているのではないか、狭い世界なのではないか。と、一旦立ち止まってみてください。

気がつくべきなのは顔の欠点ではなく、人の幸せや魅力は決して「顔」だけではないことです。

▲美容整形といえば、(著)百田尚樹さんの「モンスター」。私のバイブルです。

本も映画も観ましたが、畸形的に醜い容姿で生まれた主人公が美女に変身していく過程を生々しく描いています。

主人公の心情が自分と重なり胸が痛むシーンもありますが、「わたしはどうして美しくなりたかったのか」を再確認するために、時より読み返しています。

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この記事を書いた人

Seina

Seina

筋トレと美容整形好きWebライター·ブロガー/美容整形で生まれ変わった人/運営ブログ【美しくなければ生きていけない/月間5万PV以上】では美容整形、筋トレネタを中心に執筆中。プロフィールの詳細は「こちら」からご覧ください。※顔面骨格の美容整形を今年の2月にうけました

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